10月に計画しています近江学フォーラムの会員様限定の現地研修で訪れます湖北の観音様を一足先に近江学研究所永江弘之研究員と訪ねてきました。
午前11時に大学を車で出発し、湖西路を北に進みました。黒田観音寺の千手観音、石道寺の十一面観音、唐川赤後寺の千手観音、西野薬師堂充満寺の薬師如来と十一面観音、そして、国宝渡岸寺(向源寺)の十一面観音と五体の観音様を訪ねました。
この湖北の観音様はすべて独立したお堂に祭られ、特定のお寺のご本尊となっているのではなく、いつごろからというのはわかりませんが、黒田の観音様は15軒、赤後寺の観音様は80軒というようにその地域の村のみなさんがお守り続けておられます。当番のかたちはそれぞれ違いがありますが、1ヶ月や1年単位でお守りの当番が変わるということです。当番になると一般の方が拝観希望で電話連絡されたときにお堂をあけたり、観音様のお水をかえたりというご奉仕があるとの事です。観音様のお世話ができるということは家族の中に病人もなくみんな元気でいるということです、感謝しています。とおっしゃる当番の方の言葉に観音様に対する深い信仰心を感じました。
湖北の観音様は作家井上靖氏によって昭和46年(1971)5月11日から約1年間朝日新聞朝刊に連載された『星と祭』という小説の舞台となりました。琵琶湖で亡くした娘を忘れることができない主人公が湖北の観音様の慈悲にうたれて現実に向き合っていくという人間の生と死を深く観照した作品です。
赤後寺の千手観音はかつて賤ケ岳合戦時に村人の手によって近くの赤川に埋められ難を避けたと伝えられ、そのためにわずかに残る12本の腕の先がすべて失われているという無残な姿をしています。しかし、この観音様はコロリ(転利)観音と呼ばれ、衆生に起こる災いを一手に受け入れて、災いを福に転じてくれる観音様として親しまれています。『星と祭』の主人公もこの観音様に救われたひとりです。
一つ一つの観音様にそれぞれ伝承があり、篤い信仰があります。
遠くで雷の音が聞こえ、近くにヒグラシの声がする堂内。静寂の中での観音様との出会いは平生の雑念をリセットさせてくれました。長引く梅雨の雨も止み、晴れ間がのぞく午後4時、湖北を後にしました。
報告者:近江学研究所研究員 加藤賢治