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おうみ紀行その2 〜桑實寺(くわのみでら)〜

JR安土駅を繖(きぬがさ)山方面へ向かって左に安土城趾を見ながら20分ほど歩くと桑實寺への登り口につきます。桑實寺の開山は古く天智天皇にさかのぼります。天智天皇の第4皇女阿閇(あべ)姫が疫病にかかったとき、病床で琵琶湖に瑠璃の光が輝く夢を見られたということで、天皇が当寺を開山した定恵和尚に命じて法会を開かせると湖中より生身の薬師如来が現れ大光明がさしたといわれています。この話は天文元年(1532)に足利12代将軍義晴の命で宮廷絵師の土佐光茂が絵巻物『桑實寺縁起絵巻』に仕立て上げ、現在国の重要文化財に指定されています。
 その12代将軍足利義晴は戦乱続く京都を離れ、観音寺城の佐々木氏を頼って3年間この桑實寺に仮の幕府を置いたそうです。また、時代が下って織田信長は永禄11年(1568)近江侵攻の中で観音寺城の六角佐々木氏を滅ぼし、足利義昭(この年に15代将軍となる)をこの桑實寺に迎え入れました。
 今は山腹にある静かな山寺ですが、中世末期には政治の中枢にあった大寺院であったようです。
 山裾から山寺らしい石段が山頂へと向かって続き、その途中に山門があり、まだまだ続く石段をのぼるとようやく本堂へ。本堂は国の重要文化財で単層入母屋造の檜皮葺、優美な天台様式です。ご本尊は薬師如来で「かま薬師」の俗称があり、できものに霊験があると言い伝えられているそうです。桑實寺が創建された年が寅年であったことから虎との縁が深く、本堂内部の外陣には狩野派の絵師が描いた虎の衝立が2つ展示してありました。
 1日にどれくらいの人たちが訪れるのでしょうか。このように山里深く入り込んだ静謐な山寺が天智天皇の白鳳年間に創建され、中世には足利将軍が幕府を置いたという歴史を持つと聞くと、近江国の歴史の深さをあらためて感じました。
 帰り道、長い石段を降りていますと、その真正面に冬枯れの湖東平野に三上山が見え、寅年の新年を清々しく迎える心地になりました。

加藤賢治(近江学研究所研究員)

本堂

本堂

長い石段

長い石段

山門

山門