長浜城歴史博物館を訪ねました

2010 年 1 月 25 日

1月23日(土)
平成21年度長浜城歴史博物館特別展「糸の世紀・織の時代 〜湖北・長浜をめぐる糸の文化史〜」を見学してきました。湖北長浜の伝統産業は浜縮緬(はまちりめん)をはじめ、浜蚊帳や浜ビロードなど織物と糸に関わる産業としてこの地域を支えてきました。

長浜城歴史博物館

長浜城歴史博物館


その歴史と文化が文献、絵画、絵図、写真、など多くの資料でわかりやすく解説されていました。美しい絹織物の振袖や民俗行事の祭礼に使用された踊りの衣装、養蚕業にまつわる民俗史料などの展示も見物です。

加えて、湖北長浜だけでなく、高島産地の綿織物やクレープ、湖東産地の麻織物や近江上布など近江商人が全国に販売した近江全体の織物の展示解説もされており、近江学としての知識が増えました。

展示風景

展示風景


会期:平成22年1月23日(土)〜2月24日(水)
会場:長浜市長浜城歴史博物館(JR長浜駅下車琵琶湖方面徒歩5分)

また、この展覧会の開催記念講演会として、昨年講座「近江学」で本学においてご講演いただきました滋賀県立大学准教授森下あおい氏がご講演されます。
日時:平成22年1月31日(日)午後1時30分から
場所:長浜勤労者福祉会館「臨湖」 受講料:500円 事前申し込み不要

ぜひご高覧ください。
報告:近江学研究所研究員 加藤賢治

みぞれ降る湖北(長浜城天守閣から北を臨む)

みぞれ降る湖北(長浜城天守閣から北を臨む)

文化・経済フォーラム開催される!

2010 年 1 月 7 日

12月23日に「文化で滋賀を元気に!キックオフ・フォーラム」(滋賀県・文化庁・実行委員会主催)<1部>と「文化・経済フォーラム2009」(実行委員会主催)<2部>が大津市のピアザ淡海で開催されました。
1部の基調講演は劇作家で内閣官房参与、大阪大学大学院教授の平田オリザ氏が「文化の公共性を問う~なぜ今、地域に文化が必要なのか」と題して講演されました。漫画「ドラえもん」に出てくる広場や阪神・淡路大震災の復興の過程など例を挙げられ、コミュニケーションの重要性を指摘、そのコミュニケーションをいかに持つかというところに音楽や美術、スポーツなどのいわゆる芸術文化が効果的に機能する。そしてそれらをつなぐ新たなネットワークの構築がこれからの社会には不可欠であると語られました。
また、フランスのナントと北海道の富良野を例に挙げ、文化による地方都市の活性化とブランド力アップの必要性を訴え、国際的な優れた芸術文化の振興を国が進める一方で、文化行政や芸術教育を地方が支えるという二局で芸術文化を推進させることが大切であると指摘されました。
その後、平田氏に青木保・前文化庁長官と嘉田由紀子滋賀県知事を加えてパネル討論会がおこなわれました。その中で嘉田知事は「滋賀県は豊かな環境や歴史文化資源を潜在的に持っており、それをいかに上手く活かす必要性がある」としながら、県立施設の見直し問題についてはその難しさを強調されました。
夕刻5時からは「第2回文化・経済フォーラム2009」と題してその実行委員会が懇親会を開催し、県内の文化団体や活動家、経済団体など約200名が集い、さまざまなかたちで交流が行われました。
成安造形大学からも多くの教職員が参加し、県内唯一の芸術大学である責務を感じ、いかに県内の文化活動に寄与し、滋賀ブランド構築の一助にならなければならないという自覚をあらためて感じました。近江学研究所所員もまず歴史文化資源の発掘とそれらをわかりやすくより多くの県民に知ってもらう努力を続け、その新たな地域学から生まれる21世紀の社会に必要な考え方を構築しなければならないと再認識しました。

加藤賢治(近江学研究所研究員)

おうみ紀行その2 〜桑實寺(くわのみでら)〜

2010 年 1 月 4 日

JR安土駅を繖(きぬがさ)山方面へ向かって左に安土城趾を見ながら20分ほど歩くと桑實寺への登り口につきます。桑實寺の開山は古く天智天皇にさかのぼります。天智天皇の第4皇女阿閇(あべ)姫が疫病にかかったとき、病床で琵琶湖に瑠璃の光が輝く夢を見られたということで、天皇が当寺を開山した定恵和尚に命じて法会を開かせると湖中より生身の薬師如来が現れ大光明がさしたといわれています。この話は天文元年(1532)に足利12代将軍義晴の命で宮廷絵師の土佐光茂が絵巻物『桑實寺縁起絵巻』に仕立て上げ、現在国の重要文化財に指定されています。
 その12代将軍足利義晴は戦乱続く京都を離れ、観音寺城の佐々木氏を頼って3年間この桑實寺に仮の幕府を置いたそうです。また、時代が下って織田信長は永禄11年(1568)近江侵攻の中で観音寺城の六角佐々木氏を滅ぼし、足利義昭(この年に15代将軍となる)をこの桑實寺に迎え入れました。
 今は山腹にある静かな山寺ですが、中世末期には政治の中枢にあった大寺院であったようです。
 山裾から山寺らしい石段が山頂へと向かって続き、その途中に山門があり、まだまだ続く石段をのぼるとようやく本堂へ。本堂は国の重要文化財で単層入母屋造の檜皮葺、優美な天台様式です。ご本尊は薬師如来で「かま薬師」の俗称があり、できものに霊験があると言い伝えられているそうです。桑實寺が創建された年が寅年であったことから虎との縁が深く、本堂内部の外陣には狩野派の絵師が描いた虎の衝立が2つ展示してありました。
 1日にどれくらいの人たちが訪れるのでしょうか。このように山里深く入り込んだ静謐な山寺が天智天皇の白鳳年間に創建され、中世には足利将軍が幕府を置いたという歴史を持つと聞くと、近江国の歴史の深さをあらためて感じました。
 帰り道、長い石段を降りていますと、その真正面に冬枯れの湖東平野に三上山が見え、寅年の新年を清々しく迎える心地になりました。

加藤賢治(近江学研究所研究員)

本堂

本堂

長い石段

長い石段

山門

山門